医院開業コラム
シリーズ「開業医の妻たち」 Vol.1
2017.06.09
「医院開業する」ということは、これまでの勤務医の立場から、個人事業主、経営者へと大きなステージの変化を迎えます。ただしこの変化はご自身に限ったことではありません。ご家族も少なからず環境の変化への対応が必要になります。特に男性医師が開業した場合、奥様に医院経営や運営面での参画を求めるケースが多いようです。
医院経営や開業についてはあまたの情報がありますが、こと「院長夫人」については今まであまり語られることはありませんでした。シリーズ「開業医の妻たち」では院長夫人にフォーカスし、その役割や実態について取り上げて参ります。奥様がどのように自院に関与していくべきなのか、ご検討される際の材料になれば幸いです。
一見、セレブリティあふれる日常を過ごしているように思える「開業医の妻」たち。医院運営に参画している彼女たちの話を聞くと、何かとやらなければならないことが満載のご様子で、優雅とは程遠い生活を送っているようです。院長夫人たちが日ごろどのような仕事をこなし、院長である夫をどう支えているのか、ある地方都市で医院を営む3名の院長夫人に話を伺いました。
Aさん:
開院して約70年になる病院の院長の奥様。現在の病院は親族間承継で引き継いだもので、病院では総務、人事・労務、広報を担当。独身時代は歯科医として勤務経験あり。
Bさん:
耳鼻咽喉科の医院を経営する開業医の奥様。医院は25年前に自宅併用の形で新規開業。医院では経理、総務、人事・労務関係の業務を手がけていらっしゃいます。前職は秘書。
Cさん:
クリニックの勤務医だった夫がその医院を承継。内科医院の奥様。医院では経理、総務、人事・労務関係、広報、受付業務をされています。前職は会社員。
A:経営者の立場として、病院の経営方針を決めたり、必要に応じて指示や決裁を出したりしています。何か対応しなければならないことがあれば、基本的にすべて私が対応しています。
B:小規模な個人事業主として経営をしているので、人事・労務関係の仕事から経理、雑務まで、幅広く私が担っています。ほかにも、ご近所づきあいをしたり、医院の外観が殺風景にならないようにガーデニングもしたりと何でもやるという感じです。
C:うちは継承という形で前の院長から引き継ぎ、医院を開業しました。まったく何も準備していなくて、まず医療事務の資格を取るところから始めたので大変でしたね。今は経理や受付業務から秘書業務、雑務にいたるまで私が引き受けています。
A:私は主人の仕事の手伝いとフルタイムの仕事を両方こなしていますが、毎日昼食を15分でかき込んで午後からアポイント、というありさまです。とても優雅なんてものではございません(笑)。
B:うちの医院は開業時、借金をして土地を買い、医院が本格稼働するまでの間それで給料を払っていました。もうひとつ持っている法人でも借金をし、駐車場用の土地を買うためにまた借金……と借金地獄でした。優雅でセレブな生活とは縁がなく、むしろ開業当初は「借金コンクリート」と呼ばれていたくらいです。
B:郵便物の多さと忙しさに驚きました。自宅併用なので、夜中に急病の患者さんから電話がかかってくることもあります。さらに、学校の校医も9校分お引き受けしていて、日曜日も学校検診があるのでとても忙しいです。
A:うちも、夜間や救急に対応していることもあって忙しいですね。病院内にいろんな委員会があって、それに出席するためにお昼休みがつぶれることも日常茶飯事です。院長も私も最高責任者なので、出席しなくてはいけなくて。
C:予想に反して、勤務医だった頃より休みが取なくなりました。新しく制度が変わるときには私も勉強会に参加したり、経営対策セミナーに出席したりと、日曜日も出かけています。
A:夫の親から病院を継いだ当初は、やはりギクシャクしましたね。姑は継いだ時点で引退したので確執などはなかったのですが、スタッフ同士で問題が起こることはあります。
普段話すのはチーフクラスのスタッフがほとんどですが、女性の多い職場では産休・育休を取る人も多いので、「休暇で抜ける人の穴埋めをどうしたらいいだろうか」といった相談を受けたりもします。医療業界は転職が多く、急に離職するスタッフもいるので、辞めたがっている人がいないかどうか常にアンテナを張っている必要があります。
B:うちは3人いるスタッフの中からリーダーを1人決めておいて、何かもめごとや相談ごとがあるときは、そのリーダーから私に話をしてもらうようにしています。
院長にはできるだけ診療に専念してほしいので、スタッフから院長に直接何か相談ごとを持ちかけることがないように指導しています。問題が起こったときには、リーダーと時間を取って話し合うこともありますし、私から院長に相談することもあります。
C:前院長からクリニックを継いだときにスタッフもそのまま引き継いだのですが、それがもとでいろいろトラブルが起きました。
前院長と私たちとでやり方が違うと、「前のほうがよかった」「こんなやり方はしたことがない」とスタッフが反発するんですよね。あと、スタッフが以前のやり方で勝手に仕事を進めてしまい、私たちには事後報告、なんてこともよくありました。承継する時点でスタッフを一新するかどうかについては、ちゃんと考えたほうがいいのかもしれませんね。
今は当時のスタッフは誰もいませんが、うちのスタッフは一人ひとりがプロフェッショナルなのでいつでも離職できるんです。なので、常に中立でいることを心がけ、特定のスタッフの肩を持つことがないようにしています。
A:今は診療科の枠を超え、医師や看護師などの医療スタッフが一丸となって診療活動をする「チーム医療」の時代です。しかし、院長自身は古い体質の人間で、ワンマンで仕事を進めようとするところがあります。なので、私が院長と若い世代とのコミュニケーションの橋渡し役をするようにしています。
「地域に開かれた病院」を目指しているので、地域の方に親しみやすい印象を持ってもらうためには、こういったことが必要ではないかなと思っています。
B:私は現場の雰囲気がよくなるように心がけています。労働基準法のコピーを手に「有給休暇を全部ください」と言ってくるスタッフもいますが、そこはスタッフ同士で話し合ってもらったりして、できるだけお互い納得する形で解決できるようにしています。
C:うちは、医院のそばにある薬局とコミュニケーションを取って、薬局のスタッフから患者さんの本音を聞き出すことをしていますね。患者さんは「実は先生が出している薬を飲んでいない」など、院長には言いづらいことを薬局のスタッフに話すこともあるんですよ。そういう情報をもらって、カルテに貼っています。こうやって周囲の薬局とコミュニケーションを取ることはとても大事だと思います。
A:毎日できるだけ栄養バランスのよい食事を用意するようにしています。院長には長生きしてもらわないといけないですから。あと、どうしても運動不足になりがちなので、私からなるべく歩くようにお願いしたりもしています。
B:うちも院長には歩くようにしてほしいのですが、仕事でクタクタになっているところに「夕飯前に歩いてきて」とはなかなか言い出せないですよね。だから、たまの休日に天気がいいときは「お散歩でもしない?」と私から誘ったりしています。
A:古い時代の人のせいか、スタッフに対して時々上から目線でものを言うことがあるので、もう少しやさしく対応してほしいです。私からもそれとなく指摘することはありますが。
B:ドライブ中など、プライベートの時間を過ごしているときに仕事の話を持ち出してくることがあるので、オンとオフをきっちり分けてほしいですね。あとは、心配ごとをいつまでも引きずるクセがあるので、それも改善してほしいです。
C:開業医になって初めて大手総合病院の方や異業種の方とお話をする機会ができましたが、年齢を重ねるごとにイエスマンといることが心地よくなってくるらしいんです。でも、医院の経営状態や医療技術を向上させるためには、たまには苦言にも耳を傾けてほしいなと思っています。
A:いろいろな職種の方と知り合いになれるところですね。この仕事をしていると、建設業者の方や銀行関係の方、コンサルタント、広告会社の方など、いろいろな方とお会いしてお話をする機会があります。それ以前は職場の同僚だったり、ママ友だったりという狭い人間関係の中での付き合いしかなかったので、今は毎日がとても刺激的です。
B:毎日忙しくて仕事に追われている感じですが、経理のことやスタッフ管理のことなど、毎月きちんと仕事があるのがありがたいです。自分でスケジュールを立てることができて、空いた時間に自分の予定が入れられることが自営業のよさだと思います。
C:私は、他院で治療を受けていて治療が合わなかったという患者さんが、うちに来て「身体の調子がよくなった」と言ってくださるのがうれしいです。あと、この歳になって毎日仕事がたくさんあって忙しいのもありがたいことだと思っています。
A:総合プロデューサーですね。地域の医療拠点であるうちの病院で、患者さんが安心して治療が受けられるように病院の雰囲気づくりをするのも大事ですし、スタッフにも気持ちよく働いてもらえるように配慮するのも大事です。そのように、病院全体をプロデュースするのが私の役目だと考えています。
B:院長が診療のトップだとすれば、私は経営のトップです。院長が経営のことでそろばんを弾いていては、とても診療に力を入れるなんてできません。だから、お金のこともスタッフや物品の管理のことも、経営関係は全部私が担っていかなければと思っています。
C:院長に診療活動に力を注いでもらう分、私は経営者として今後のことを主人より先回りして考え、行動していかなくてはと思っています。うちはクリニックを子どもたちやほかの方に承継することは考えていないので、間違いなく今のがんばりがいつか無になる日が訪れます。リタイアした先の生活のことも、今のうちから考えておかなければなりません。
シリーズ「開業医の妻たち」。
次回は、ご主人の開業後に様々な問題に直面し、正面からぶつかっていく過程で「ほかの院長夫人にも同じような悩みがあるのでは……」と一念発起。現在は多くの院長夫人のコンサルタントとしてご活躍なさっている“異色の”院長夫人にお話を伺います。
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