医院開業コラム
ドクターのための医業経営力養成講座 第14回(最終回)
2016.12.15
本コラムも今回で最終回になります。前回に続いて、開業ドクターのライフプランについてひとつのシミュレーションをもとにお話しします。
法人の経営も個人の資産形成も共通しているところは、ゴールから現在の目標を定める「逆算」の発想です。つまり、いつまでに何をするか、そのために現在どんな準備をしておくかという視点が大事になります。
父は学校教師、開業医だった叔父に影響され医師をめざす。地方の国立大学医学部を卒業後、大学病院や地元の市民病院等の勤務を経て、40歳の節目に独立。家族は妻(実家が開業医)と子ども3人。
Aドクターは、経営についてはまったくの素人だったので、独立にあたり開業セミナーにも参加し、開業地の選択、集患の仕方、スタッフの確保、資金調達方法など、参考になる情報を収集しました。また、開業専門のコンサルタントにも相談しました。
勤務医としての仕事は退職間際まで続き、開業の準備や打合せにも十分な時間がとれませんでしたが、専門家に手際よくコーディネートしてもらい、予定通り何とか開業にこぎ着けました。
開業までは準備資金の貯蓄を行います。プライベートでは、自宅購入のローンのほか、子どもの塾、習い事などの教育費もかかる時期。親からの資金援助も検討しながら、家計をまわします。
Aドクターは開業するにあたって、地域医療への貢献における具体的なコンセプトとして、循環器専門医として地域に信頼される「かかりつけ医」となることを目指しました。
開業当初は患者数も少なかったのですが、丁寧な診断が評判を呼んで、徐々に患者数も増えてきました。開業医の生活を支えるクリニック収入を計算するうえでひとつの目標としていた「患者数1日40人」という数字は開業から数ヶ月でクリアすることができました。しかし常に全力投球はできないので、適切なペース配分が必要になってきます。次第に患者数が増えてくると、患者の待ち時間も長くなる一方で、ひとりの患者にかける診療時間が短くなってきました。それが患者の不満につながれば、評判を落とすことにもなりかねません。また、忙しくなってくると、スタッフへの対応にも十分な配慮が必要になりました。
スタッフ管理は思いのほか難しく、開業から1年で当初のスタッフはすべて入れ替わりました。はじめは日々試行錯誤で新しい気づきの連続でしたが、次第に運営のコツもつかみはじめ、スタッフの定着にあわせて売上も年々伸びていきました。
所得は伸びていくものの、税金や借入の返済、家計の支出などが多く、なかなかドクター個人にお金が貯まらない時期です。事業が軌道に乗り出したこの頃から、いざというときのリスクに備えた対策も必要になります。
【ライフステージに合わせた生命保険の選び方】
年々税金の負担が重く感じるようになり、タックスプランニングと今後の事業拡張を考えて、顧問会計事務所に試算を依頼。法人化を決断しました。開業から5年を経過したときでした。法人化の翌年には初めて税務調査が入りましたが、事前に顧問税理士とも相談しながら準備を万全にしていましたから、とくに問題はありませんでした。
事業拡張、安定期へと入ると、それまで一人でこなしてきた仕事をアウトソーシングして時間をつくることも必要になってきました。
今後、患者数自体の減少傾向が予測されるものの、全患者の4分の1は高血圧、1割は高脂血症や糖尿病を患っているといわれます。地域の高齢化が進むと外来患者が減るため、経営を考えていく場合、在宅医療への取組みも重要になってきます。また、看護師などスタッフに対する待遇面、コミュニケーション面にも配慮し、医療法人と別に設立したMS法人で福利厚生を充実させ、人材育成にも力を入れることにしました。
この頃、財産管理法人としてプライベートカンパニーを設立しました。
プライベートカンパニーは、個人と比べると次のような効果があります。
・所得税の節税効果(所得の分散、税率差異)
・相続財産の増加を抑え、後継者に承継しやすくなる
・必要経費の計上(減価償却、ローン利息)
・生命保険の加入による利益繰延べ
・設備投資の際、消費税の還付を受けられる可能性
・その他(社宅の経費化、役員の小規模企業共済加入など)
原則として法人は社会保険(健康保険、厚生年金保険、労働保険)への加入義務があります。
また、個人時代に節税のために行っていた不動産投資についても、将来に備えて法人を活用することにしました。
【不動産投資について】
収入の安定している時期にこそ、将来を見据えて早くから財産貯蓄を始めることが肝心です。統計でみると、ほぼ3世帯に1世帯は貯蓄ゼロという結果もあり(金融広報中央委員会資料より)、ドクターのように一般的に収入が高いといわれる人でも、案外できていない世帯が多いようです。
Aドクターがリタイアを考え始めたことで、地方病院で働いていた長男が病院を退職してクリニックを引き継ぐことになりました。院内を改装し、長男も診療ができるよう二診体制にしました。時として診療方針に違いがあっても、敢えて衝突することを避けました。
副院長としてナンバー2の顔を外部に見せ、医療法人の出資持分の移転もさらに進め、経営管理面も徐々に引き継いでいきました。
医療法人の承継とあわせ、将来の相続についても対策を考えます。クリニックを承継する医師である長男とそうでない次男、長女に対して財産をどのように分けるか。相続税の納税資金は大丈夫か。生前贈与を進め、遺言の準備などを行います。
また、年齢的にも自分の親の介護や相続の問題に直面することになり家族内のケアも必要になってきます。
承継に係る税務対策について
Aドクターは、院長(理事長)を退いてからしばらくは、週に1~2日程度、診療の手伝いをしました。患者さんや内部スタッフの管理など、クリニックの体制がしっかり長男に引継がれた時期を見届けて、完全にリタイアすることにしました。その後はクリニックには一切顔を出していません。
資産形成は、具体的な貯蓄の目標が定まっていないと失敗しがちです。たとえば「老後に1億円の余裕資金を用意しておこう」ということであれば、今から一体いくら位を用意しておかなければいけないのでしょうか?当然、リタイア後のプランによって必要な資金は違ってきますので、現役時代の何割くらいの生活費になるかを、考えておく必要があります。
「しばらく元気なうちは、これまでできなかった世界一周旅行や趣味にお金や時間を使いたい。」
そんな思いと同時に、老後の備えとして医療、介護、ヘルパー費用も想定しておかなければいけません。
一括収入としては、役員退職金があります。退職金は所得税法上、控除が大きいうえに、課税される所得が1/2で済みます。医療法人化していれば、生命保険を使って経費化しながら準備することができます。
<リタイア後の安定的な収入の確保>
・公的年金(終身)・・・国民年金、国民年金基金(終身タイプ)、厚生年金
・公的年金(一括又は一定期間)・・・国民年金基金、確定拠出年金、小規模企業共済退職金
・各協会からの年金(一定期間)・・・保険医年金、医師年金、歯科医師国民年金基金など
・生命保険・・・個人年金、養老保険など
・資産収入・・・不動産、株式配当など
ここに取り上げたのは、開業ドクターにある程度共通する「クリニック立上げから承継にいたる流れと、そのライフプラン」の一例です。もちろん、現実はさらに複雑で、計画どおりにいくとは限りません。しかし過去の経験や新しい情報や知識を身に着けることによって、より見通しのよい経営とドクターのライフプランが描けるものと思います。
本稿の連載が、開業ドクターやこれから開業を志すドクターにとって、少しでもお役に立てれば幸いです。ありがとうございました。
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