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ドクターのための医業経営力養成講座

ドクターのための医業経営力養成講座 第12回

こんな時どうなる?実例に見るクリニックの事業承継

  • 医業承継

2016.10.14

前回までは、身内と第三者のそれぞれの場合における事業承継についてお伝えしてきました。

今回はドクターの承継にあたってご相談いただいた事例をいくつかご紹介したいと思います。転ばぬ先の杖ではありませんが、他の医療機関が実際に直面した問題や承継にむけての取り組みを事前に知っておくことで、今後事業承継をされる際の参考になればと思います。

事例1:神奈川県 A医師(内科)の場合

代々続いてきた医師のご家系です。医療法人化をしてかなりの年月が経ちます。はじめのうちはご子息が継承するはずでしたが、ある時、親子間で意見の対立が生じ、ご子息は自身の医院を別に立ち上げて、承継することはありませんでした。

その後、A医師が80代と高齢になり医療の現場に立つのは困難になってきたため、近くの大学病院から代診の先生を招へいしました。A医師は、その中から医院を引き継いでくれるドクターが来てくれることを待ち望んでおり、何人か候補になりそうな先生もいましたが、代々続くクリニックの承継は勤務医の第三者からみると重たい存在に見えてしまうのか、結局はうまくはいきませんでした。

さすがに長い経営実績をもつ医療法人だけあって、クリニックも立派な自社ビル(医療法人所有)でしたが、最後は医療法人の存続は困難と判断しました。医療法人は解散、退職金代わりに自社ビルを理事長先生が現物で引き取り、ご家族がビルの管理会社を立ち上げて他の医療機関を誘致するというかたちで地域医療を残すこととしました。第三者承継での候補者選びの難しさを考えさせられる事例です。

事例2:東京都 B医師(整形外科)の場合

B医師も都内の好立地に医院を構える医療法人の二代目理事長です。B医師には兄弟がおり、同じ医師であるX氏、母親の違う会社員のY氏がいます。先代の理事長P医師は地元の医師会長もつとめ、人望のある先生で、ご子息への待遇も公平に行ってきました。よって医療法人の出資持分も少しずつご子息に贈与してきました。しかしある時P先生が急逝し、遺言も残されていませんでした。

さて、その相続をきっかけに、普段から疎遠であったY氏から医療法人に対し、自身の退社にあわせて出資持分の買取請求がありました。医療法人が不動産を所有していたためにその評価も含み益が大きく、1億を超える相当な払戻し額となりましたが、最終的にはそれに応じざるを得ませんでした。

先代の理事長が医師でないY氏にまで出資持分を贈与していなければ、このような出資払い戻しの問題は防げていたでしょう。承継する財産の選別は、相続の公平性以前に重要な事項です。

事例3:秋田県 C医師(透析内科)の場合

県内で比較的早く透析クリニックを開業したC医師。順調に業績を伸ばしてきたものの、あいにく後継者となる医師のご子息はいらっしゃいませんでした。そこで第三者に医療法人の経営を譲ることを決めました。

外部のM&A仲介業者に相談し、もろもろ承継に関する条件をすり合わせし、交渉に移りました。自身が受け取る創業理事長としての退職金は高額となり、そのことは、出資持分の評価を著しく引き下げる効果を生じます。税務上の取引でみても承継するドクターは低額で譲り受けることが可能となります。

しかし話はそこで終わりません。一般的に好業績なクリニックの創業理事長は、その功績から導かれる退職金は、計算上非常に高額になります。退職する創業理事長に支払う高額な資金は、銀行からの融資を受けることになります。その際、承継側の次期理事長となるドクターが医療法人の債務を保証するかたちとなりますから、出資持分を安く譲り受けたとしても、結局は高額の借金をしてその医療法人を引き継いだのと同じことになります。その後も競合するクリニックを見据えつつ、先々の事業見通しと従業員の掌握、老朽化した医院建物の改修工事等の設備投資計画など、引き継ぎにあたって買い手からの十分な調査(デューデリジェンス)を受けることになります。

M&Aでは売買価格交渉は重要ですが、医療機関の存続を優先した、売り手・買い手の話し合いがもたれることが何より重要です。

事例4:北海道 D医師(産科、婦人科)の場合

地元でお父様が開業された産婦人科医院をD先生が引き継いで20年になります。この診療科は、妊婦さんから選ばれる大きな要素のひとつに病棟・設備がありますので、建て替えについては理事長先生はじめ奥様も非常に熱が入りました。

当初は医療法人で建築することも考えましたが、経過措置医療法人は今後持分の考え方がなくなること、ご子息はこれから大学受験で、医学部を目指すものの将来産科を継いでくれるかも未だわからない状況のため、医療法人での取得はしないこととしました。

産科はアメニティ、ビクスなどMS法人の事業として関わる部分も多く、病棟についてもその所有をMS法人とすることにしました。医療法人がMS法人に支払う家賃設定、病棟建築は高額な設備投資となるため、消費税還付処理についても会計事務所と入念に打ち合わせる必要があります。

事例5:埼玉県 E医師(内科、小児科)の場合

開業されて30年余りになり、同じ県内に分院も開設しました。医師のご子息が二人いらっしゃいます。70歳をひとつの区切りとして将来承継を考えています。

医療法人の出資持分は精算課税贈与(相続財産の先渡し制度)により移転をすすめていますが、二人のどちらが理事長を引き受けるか、もしくは、どちらも継がないのかが決まっておらず、これ以上贈与をすすめるかどうか悩んでいらっしゃいました。そこで出資持分の評価を会計事務所で試算してもらったところ、現状の業績のままであれば、現理事長の退職金の支払いにより相続財産としての出資評価の相当の圧縮が可能であるため、一旦は持分の移転をストップしました。

クリニックの経営も順調で患者数も増え、利益が上がっていくことも想定されますので、持分なしの法人に移行することも選択肢に含めて、対策を検討中です。

 

いかがでしょうか。ひとことで事業承継といっても、ケースにより状況がまったく異なってくることがご理解いただけると思います。以前にもお伝えしたことではありますが、事業継承をスムーズに進めるためには、計画性を持って早い段階から準備すること、また、一人で抱え過ぎずに外部の頼れるブレーンに相談することを心がけることが大切です。

※このコラムは、2016年9月現在の情報をもとに執筆しています。

 

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執筆者紹介

水本 昌克

水本 昌克
(みずもと まさかつ)

リーガル・アカウンティング・パートナーズ 税理士

昭和41年東京都出身。平成2年慶応義塾大学経済学部卒業。損害保険会社、辻会計事務所、税理士法人タクトコンサルティング(医療福祉チーム)などを経て、平成20年に株式会社リーガル・アカウンティング・パートナーズを設立。現在、税理士、行政書士事務所の代表とともに医療法人及び社会福祉法人の監事、NPOの理事を務め、医療経営、相続・事業承継対策を中心とした業務に取り組んでいる。
水本昌克氏が代表を務めるリーガル・アカウンティング・パートナーズのWebサイトはこちら

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