医院開業コラム
医院開業&医療経営レポート
2021.02.19
新型コロナウイルスの世界的流行という未曾有の危機が続く中、医療の最前線であるクリニックは今、数多くの課題を抱えています。そのひとつとして挙げられるのが“環境整備”です。各クリニックでコロナの感染リスクを抑えるさまざまな工夫がなされていますが、「どのような対策をするべきか」「今の取り組みで十分か不安」「他院は具体的にどのような策を」といったクリニック経営者の声も耳にします。
そこで、医療機関専門の建築設計・施工会社である株式会社コンパスの専務取締役 長渡武史氏にインタビューを実施。クリニックづくりのプロに、今できるコロナ対策、そしてこれからのクリニックが目指すべき在り方についてお話を伺いました。
【プロフィール】
株式会社コンパス 専務取締役
長渡 武史(ながと たけし)一級施工管理技士
株式会社コンパスのHPはこちら⇒ https://www.compass-co.com/
株式会社コンパスは、これまでに800を超えるクリニックとの取引実績を持つ、国内有数の医療機関専門の建築設計・施工会社です。新規開業やリニューアルの際はもちろん、その後のメンテナンスまで、長くクリニックの環境づくりをサポートしています。
同社に最近寄せられる依頼の多くは、やはりコロナ対策に関すること。2020年の4〜8月の間だけで、コロナ対策のためのオーダーは100件を超えたといいます。さまざまな相談を伺っていて強く感じたのは、『対策の正解項を導くことが難しい』という想いでした。
「飲食店などさまざまな場所で見られるようになったアクリル板の設置をはじめ、クリニック側から“こうしてほしい”と明確に指示があるケースもあります。ただ、そういった明確なオーダーの際にも“そのやり方で良いと思いますか”という問いかけや、“具体的にどうすればいいの?”と質問されることが多くありました。医療衛生について深い知識を持っていらっしゃる先生方も、病院とは異なる地域医療の最前線でもありながらその多くが個人経営であるクリニックで今やるべきこと、できること、患者さんから求められていることについては、明確には判断がつかないようでした」。
同社は現在、それらの相談やこれまでの知見を活かしてクリニックにおけるコロナ対策の情報を積極的に発信中。「医療の最前線で悩める院長先生やクリニック経営層の方々に、少しでも有益な情報を届けられれば」と長渡氏は話します。長渡氏が今回のコロナ禍対策を通して改めて強く感じたことは、“安心と安全は似て非なるものである”ということです。
「皆さんもご存知のとおり、コロナは接触・飛沫感染する病気です。例えばいくら換気に気を付けても、待合室で患者さん同士が隣り合って座れば、どうしても感染リスクが生じます。抗ウイルス素材が使われた家具を選んでも、付着したウイルスを瞬時に死滅させることはできません。つまり、完全に“安全”な状態をつくることは不可能なのです。しかし、“安心”は工夫次第で生み出すことができます。感染リスクの低減につなげ、患者さんやスタッフの精神的ストレスを緩和する。これからのクリニックづくりでは、この安心と安全の違いをきちんと理解し、目的を明確にして安心な環境を整えていくことが大切だと、私たちは考えています」。
さらに長渡氏は、コロナの影響が続く期間をどう捉えるかも、採用すべき対策を左右すると続けます。
「“withコロナ、afterコロナの時間的分界点”については、クリニックによっても判断がまちまちです。春にはワクチンが普及して一気に落ち着くと考える方もいますし、最も多く聞かれるのは2〜3年間は今のような状況が続くという意見でしょうか。残念ながら現段階ではこの問題の答えが出ていないので、各クリニックで十分に検討し、見通しを立てることが必要です。それによって、採用する対策のレベルやコストのかけ方が変わってきますから」。
コロナと付き合う期間の見通しを立てて、それに応じた対策を講じることが大切と語る長渡氏。ここからは、具体的にどのような対策が考えられるのかをお聞きしていきます。
対策① 接触・飛沫による感染リスクの低減
「接触・飛沫による感染リスクを抑えるには、やはりアクリル板の設置が最も手軽でしょう。低価格で導入できますし、設置や撤去も簡単です。しかし、アクリル板はアルコール消毒を繰り返すと、徐々に白くなってしまいます。長期的な対策を考えているなら、シールドガラスがおすすめですね。当社の場合、制作には3週間ほど要するものの、施工自体は1日で完了します」。
この他に、長渡氏は“隔離室”の設置も挙げてくれました。
「もともと小児科では “隔離室”を設置するところも多くありますが、コロナ以降は科目を問わず隔離室の要望をいただきます。できるだけ投資を抑え、かつafterコロナにもフレキシブルに対応できるという点では、待合室の一部をカーテンで仕切るという方法もあります。ポイントとしては、クリニックの性質に応じて部屋の名前を変えることでしょうか。隔離室ではなく“多目的室”などとすれば、患者さんの不安を過度に煽ることもありません」。
対策② 院内設備の非接触・少接触化
「クリニックのさまざまなところを非接触、省接触化していくのも有効な対策です。例えば、手をかざすだけで水が出てくる水栓金具や、センサー式のトイレ照明、自動で閉まる半自動式ドアなどの導入ですね。とはいえ、これらもまったく消毒が不要なわけではありません。あっという間にリプレイスが必要になるといったことのないよう、アルコールでのケアに耐え得る素材を選ぶことを推奨しています」。
対策③ 換気・空調設備の見直し
「コロナ対策に換気が効果的であることは、医療機関に限らず認められています。クリニック経営者の方や開業を検討しているドクターからも、換気について質問をいただくことは非常に多いです。換気を考える際に注目すべきなのは、その量と流れ。換気量の基準は根拠とする法律や条令、そして室の用途や滞在人数等によっても異なりますが、当社では基本的に、1つの室内の空気が1時間に2〜5回は入れ替わるように設計しています。
空気の流れにも留意が必要です。空気がどこから入ってきてどこに出ていくのか、その流れのどこに患者さんや医師、医療機器が位置しているのかをチェックすべきですね。『空気の流れ』では図A、Bのような流れの方向の違いがあります。コロナ以降は医師の飛沫感染リスクを減らすため、図Bを採用されるケースも多いですが、一方ニオイの流れの影響を受けてしまうというデメリットもあります。診療科目に応じた『空気の流れ』の選択が必要かと思います。
また換気量が増えると、部屋の冷気、暖気がどうしても逃げやすくなり安定した空調環境を維持することが難しくなりがちです。換気設備と併せて空調設備のクオリティーもぜひ見直して、快適さを損なわないようにするといいと思います」。
とはいえ、換気や空調設備の良し悪しは素人ではなかなか判断がつかないものです。そこで長渡氏は、「業者さんからは天井伏図の提示と説明を求めるべき」と付け加えます。
「図面の中には、天井を上から見下ろす形で照明やエアコンなどの位置が描かれている“天井伏図”というものがあります。これを提示してもらいながら、施工業者に空気の流れや換気量についてしっかり説明してもらうといいです」。
対策④ 手洗い設備の増設
「これまではお手洗いにしかなかった手洗い設備を、待合室にも設けたいという要望も増えています。消毒用アルコールを設置してもいいですが、やはり印象は違うかなと。時間をかけて手を洗うことは、地域医療を担うクリニックが予防意識の向上にも一役買うのではないかと思いますね」。
長渡氏はコロナ対策の具体例を挙げてくれましたが、「上記の対策をすべて講じたとしても、ただ環境を改善するだけでは対策として不十分」と続けます。
「単にガラスシールドや手洗い設備を設置したり、換気設備を入れ替えたりするだけでは、期待したような効果は得られないと思います。最初にお話したとおり、これらはあくまで“安全”を保証する手立てではなく、“安心感”を高めることが目的。環境を改善するとともに、衛生管理に対する熱量や方針をきちんと患者さんやスタッフに表明することで、より安心なクリニックになっていくはずです。院長先生には、ぜひそこまでやりきってもらえると、素晴らしいなと思います」。
そして、最後に長渡氏が話してくれたのは「コロナ対策だけを目的にクリニックの環境改善を行うのはもったいない」というメッセージでした。
「コストをかけてクリニックの環境改善に取り組むなら、単なるコロナ対策に終始してはもったいないと考えています。コロナの流行での気づきを受けて環境を見直すことで、クリニック全体の衛生管理意識をより高める……そうやって“コロナのさらに先”を見据えるべきです。そういったスタイルを確立できれば、今回の騒動で“失う”だけで終わらないはず。この未曾有の危機を、クリニックを変えるチャンスに変えていってほしいですね。私たちも、そのためのお手伝いを精一杯やっていきます」。
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理想のクリニック創りを考えるドクター向けの新コラム「ビジョンを具現化するクリニック創りの羅針盤」が2021年3月よりスタートしました。コンパスのキーマン4名が各々の専門領域を担当するリレー方式の連載となります。こちらもぜひご覧ください。
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