医院開業コラム
医院開業&医療経営レポート
2020.05.12
新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態宣言が発出され、日常は大きく変わりました。人々は「外出自粛」をはじめ、感染を避けるために行動の大きな変化を余儀なくされ、業態によっては営業活動の自粛要請により、事業の継続自体が危機に瀕しているところも出ております。地域医療においても対岸の火事ではなく、診療所においては「通院控え」といったマインドの高まりによって外来数が著しい落ち込みを見せるなど、経営に大きな打撃を与えております。
このような事態を受け、政府や自治体などからさまざまな支援策が打ち出されておりますが、情報量も多く、自院にとって有効な支援策がどれに該当するのかわかりづらいといった声も聞こえております。
参考:新型コロナウイルス感染症対策となる融資&助成一覧(PDF)
そこで今回、医療法人の経営企画室長として医院経営への参画キャリア・実績をお持ちである、すみた中小企業診断士事務所・代表の角田紘一氏にさまざまな支援策の整理と解説、また注意すべきポイントなどを伺いました。
【プロフィール】
すみた中小企業診断士事務所
代表・中小企業診断士 角田 紘一(すみた こういち)
熊本県生まれ。神奈川総合産業高校、熊本県立大学総合管理学部卒業。在学中、マーケティングを専攻し、中小企業診断士資格を取得。卒業後、都内のコンサルティング企業で中小企業の組織改革・世代交代支援に従事。大手医療機器メーカー子会社(臨床検査情報システム開発業)の人事・経営企画職を経て、福岡市の耳鼻咽喉科医院グループの経営企画室室長に就任し、経営・人事領域を主軸として分院展開や組織拡大に貢献。2020年、福岡天神に「すみた中小企業診断士事務所」を開設し、現在に至る。
https://sumitako.com/
今回の新型コロナウイルス感染症対策で日々打ち出されているさまざまな施策のうち、現時点で開業医の先生にぜひ確認・活用いただきたいものを、かいつまんでご説明いたします。
さて、このような状況下、医院経営の舵取りをする先生方に求められることは何でしょうか。ご想像の通り、経営者として手元の資金を適切に把握し、不要な支出を抑え、可能であれば補填し、さらに将来のための適切な投資を決断・実行することです。
そのような先生方の方針をサポートするように、行政・自治体もおおむね同様の考え方で、全国の事業者に対するさまざまな支援を日々改良・整備し、施策として発表しています。こうした後押しをしっかりと活用するためにも、医院それぞれの状況に合わせ、以下3つの観点に課題を切り分けて捉えながら、必要な打ち手を検討してまいりましょう。
【A】 必要な運営資金を確保する
【B】 不要な支出を減らし、必要経費は補填する
【C】 回復だけでなく成長のために投資する
開業医の先生が抱える不安のうち、最優先で解消していただきたいのは、当面の医院経営に必要な資金の確保です。まずは、資金確保に役立つ公的支援のひとつである「持続化給付金」をご紹介いたします。
結論、これから先生が取るべき行動は「自分で申請できないか確認し、時間がとられるようであれば制度を理解している協力者に申請の補助を依頼すること」です。
受給できる給付額は、医院の運営形態により異なります。
受給対象となる要件のうち、初めにひとつだけポイントを押さえて確認してください。それは「売上が前年同月比で50%以上減少した月があること」です。この際、比較対象は利益ではなく、「売上」である点にご注意ください。
例えば、仮の数値でご説明すると次のようなケースが該当します。
・2019年4月に800万円の医業収入があったのに、2020年4月は400万円に落ち込んでしまった。
※50%以上減少していなくても、別途自治体からの支援を受けられる場合があります(後述)。
では、具体的に自分たちはいくら受給できるのか計算してみましょう。
※申請に際して受給想定額は自動的に計算されますので、読み飛ばしていただいても問題ありません。今すぐ知りたい場合は、ご自身で計算なさってみてください。
計算式は「S=A-B×12」です。
それぞれ次の内容を参考にAとBに当てはめ、Sがどのようになるかご確認ください。
S:給付額 ※法人最大200万円、個人事業主最大100万円。1円単位で全額支給。
A:前年度の年間売上
B:売上が前年同月比50%以上減少した月の売上
通常こうした支援策は、経済活性化の趣旨から商工業者に限られる場合が多いものですが、今回は医療機関も対象になっています。普段こうした施策・制度にご興味をお持ちでなかった先生にも、これを機に行政・自治体にも関心を向けていただき、医院の存続と地域への貢献のために、ぜひ適切に申請・受給していただくことをおすすめいたします。
参考:経済産業省 持続化給付金に関するお知らせ(PDF)
次にご紹介するのは、各種金融機関が対応する「実質無利子・無担保融資」です。前項の給付金とは異なり、借り入れには返済が必要であり、返済には「利息」が加わります。本件は、この「利息」の負担を3年間まで補ってもらえるというものです。
結論、これから先生が取るべき行動は「お付き合いのある身近な金融機関担当者に、現在適用可能な融資条件を確認すること」です。
医院経営者の立場から「借金をする」ということに対して、どのような印象をお持ちでしょうか。開業時を思い起こし、返済に対する大きな負担や不安を感じる方もいらっしゃるでしょう。一方、分院展開等による規模の急拡大を経験し「手元資金だけではできないことを実現するための手段」であるとお考えになる方もいらっしゃることと想像いたします。
普段どのように感じられているかはさておき、昨今の状況下においては、医院の存続を第一に「資金繰りの不安をなくすための手段」として、融資による資金調達も前向きな選択肢としてご検討ください。
こうした実質無利子の融資は、政府系金融機関である日本政策金融公庫のほか、民間の金融機関においても対応が進んでいます。支援対象とみなされるには「売上が前年同月比で5%以上減少した月があること」など、細かな条件が設定されています。まずは、普段お付き合いのある身近な金融機関担当者にご相談いただくことが、現状把握と適切な制度利用の近道です。
たくさんの複雑な情報に振り回されて混乱するのではなく、それぞれの財務状況と最新の適用条件をもとに、最善の選択肢を都度確認することこそ賢明な対応といえるでしょう。
本件についてはざっくりとしたご説明になりましたが、こうした融資の支援制度や条件について、先生ご自身が医院経営・診療に携わりながら正確な情報を把握し続けることは非常に難しく、無駄も多くなります。経済状況に応じて細かな条件の緩和など変化が生じていくため、ご自身で詳しい条件を調べて理解するよりも、直接金融機関に問い合わせ、最新の条件で適用可能な施策を検討することが最も合理的な判断です。
参考:日本政策金融公庫 新型コロナウイルス感染症特別貸付
3つ目は、「雇用調整助成金」のご紹介です。医院経営状況が悪化する中でも、スタッフの雇用維持に努め休業手当を支払う事業主に対し、費用の一部が助成される制度です。
結論、これから先生が取るべき行動は「社会保険労務士に申請手続きを依頼すること」です。
制度そのものは以前からありますが、今回「新型コロナウイルス感染症特例措置」として大幅に助成の条件が緩和された上に、2020年5月1日にはさらなる拡充が発表されたことで注目が集まっています。こちらも細かな条件、見慣れていないと複雑な計算が含まれますので、ポイントを絞ってご説明いたします。
まずは全体像をできるだけ単純化して把握するために、少々雑ではありますが、キリの良い数字で具体的に考えてみましょう。念の為、先に補足しますが「助成でもらえる額は一部分だけ(医院負担ゼロにはならない)」「スタッフ1人あたり最大8,330円/日」ということだけでも、ざっくりとご理解いただければ読み飛ばしていただいて問題ありません。
例として想定する状況は、普段、医師1名とスタッフ8名で運営している医院です。昨今の状況下で患者数が激減しましたが、経営方針として解雇はせず、工夫をしてこの状況を乗り切る考えです。結果、3密対策も兼ねて出勤人数を半数の4名となるように調整し、残りの半数4名については、ひとまず10日間休ませることにしました。
なお、医院の前年平均給は、日給10,000円でした。医院の経営は依然厳しい状況ですが、休ませるスタッフの生活を維持するため、通常通り賃金の100%相当(日給10,000円と仮定)を休業手当として支給します。
さて、この場合の助成金額はどのようになるでしょうか。細かな計算を省略すると、次のような結果になります。
・休業対象4名×助成金額8,330円×休業日数10日=333,200円
※公開されている計算式で単純に考えると、助成金額は9,400円[(10,000円×60%×90%)+4,000円]で、実質的な医院負担は6%(=1人あたり600円/日)ではないかと思われますが、実際は対象労働者1人1日あたり8,330円の上限設定がありますので注意が必要です。
この場合、実際に支払っている休業手当は40万円(※以下参照)ですので、助成金受給額333,200円との差額66,800円(1人あたり1,670円/日)が、実質的な医院負担となるわけです。
※休業対象4名×休業手当10,000円×休業日数10日=400,0000円
いかがでしょうか。ややこしく思われたかもしれませんが、きっと多くの方が同様の感覚をお持ちです。制度の背景を考えるとやむを得ない事情も想像されますが、助成金を受給するために受給金額以上に大切な先生の時間が奪われてしまうのはもったいないことです。本件に関する私の個人的な感覚としては、スタッフの雇用を守ると決断された先生は、速やかに方針に賛同してくださる社会保険労務士を見つけ、申請協力を依頼するのが賢い選択ではないかと思う次第です。
一般企業では、働き方が激変した結果、解雇はもちろん、そこまで至らずとも在宅勤務制度の整備を進めたり、やむを得ず一部の事業を撤退し他部門に再編・再配置したりする動きが出てきています。開業医院でもこのように制度改革や配置転換の工夫で乗り切れればよいのですが、実際の選択肢はそう多くありません。できたとして、日々の出勤人数を減らす交代勤務風に調整を図るのが限度というところが実情ではないでしょうか。
医院経営を合理的に考える先生の中には、経営状況が悪化していく将来を見越し、財務を圧迫する人件費負担の削減をお考えになった方もいらっしゃるのではないでしょうか。やむを得ず解雇に踏み切る決断も、大変心苦しいものです。しかし一方で、先行きが不透明な中、雇用を維持して乗り切ろうとする決断にも大変な勇気が必要であることは間違いありません。
いずれにせよ、経営者として重大な局面に立ち向かう先生方を支える助けとして、公的支援を最大限ご活用ください。そして、我々のような中小企業診断士や社会保険労務士といった専門士業も、それぞれの分野で先生を支えるパートナーであり続けられるよう、日々力を尽くしております。ぜひ経営方針が一致して頼れる身近な専門家に出会っていただければと、願ってやみません。
参考:厚生労働省雇用調整助成金
4つ目は、納税や保険料、公共料金の支払いに関連して考えられる対応について触れておきましょう。新型コロナウイルス感染症の感染拡大予防への配慮や、急激な収入減少に伴って厳しい状況を迎えている事業者に対して、次のような措置が講じられています。
結論、これから先生が取るべき行動は「以下には該当しないことを確認して本業に専念すること」です。
以下に記載する措置について細かな条件は多岐にわたるため、かいつまんで記載しております。適用・申請を検討される場合は、必ず専門家あるいはご自身で最新の公式情報を確認していただくようお願い申し上げます。
ご注意いただきたいのは、いずれも「やむを得ない場合」が想定されたものである点と、多くが「猶予」であり先送りしたものは将来の負担となる点です。これらの制度に頼らず自立した経営を進めることを前提としつつ、もし本当に苦しい局面を迎えたとしても、何かしら手立てはあるということで、ご安心いただければと存じます。
参考:首相官邸 税金・社会保険料・公共料金の猶予等
最後にご紹介するのは「IT導入補助金」です。医院の課題やニーズに合致したITツールの導入にあたり、必要な経費の一部に対して30~450万円の補助を受けることができる制度です。
結論、これから先生が取るべき行動は「IT投資への余力があるなら、信頼できる専門家または業者さんに導入から補助金申請までの支援を依頼すること」です。
先にご紹介した「持続化給付金」は、それぞれの医院の事情に応じて自由に使える用途不問の金銭的サポートでした。一方、ここでご紹介する「補助金」の類は、国の政策目的に沿った事業や取り組みに対して成果を上げるためのサポートを受けるものです。そのため、補助金活用を検討される場合は、要件に合致した目的を達成するための計画や、その成果が求められる点をご了承いただくようお願いいたします。
さて、IT導入補助金も制度そのものは以前から存在しているものですが、「特別枠(C類型)」の補助が新たに設けられることとなりました。補助の目的に沿って解釈すると、新型コロナウイルス感染症によって医院が受ける影響への対策・感染拡大防止に向けた取り組みの推進です。こちらも細かく追っていくと従来のA類型・B類型といったところまで話が及んでしまいますので、一旦C類型に絞り、さらにポイントを絞って押さえるべき点をご説明いたします。
今回、特別枠として設けられたC類型の対象は、先述の通り感染拡大予防のための具体策です。開業医院においては、IT導入補助金の公募要領に照らしますと、次のような内容が検討できると考えられます。
補助対象 乙:非対面型ビジネスモデルへの転換
非対面・遠隔でのサービス提供が可能なビジネスモデルに転換するために必要なIT投資を行う事業
補助対象 丙:テレワーク環境の整備
従業員がテレワーク(在宅勤務等)で業務を行う環境を整備するに必要なIT投資を行う
ここで、ざっくりと大枠を整理します。補助対象は、上記いずれかに該当する取り組みです。助成金額は、かかる費用の2/3(上限450万円)です。また、通常は交付決定を待ってから「契約」「納品」「支払い」が行われなければなりませんが、今回の特例に限りさかのぼって申請することができるなど、柔軟性が増しています。
そして、これらの前提として、事務局に登録された「IT導入支援事業者」と「ITツール」が対象であるという条件があります。何のことかと思われるかもしれませんが、本件は「補助金」ですので、原則、国家政策に沿って事務局が適切と判断したものを選択肢に持ってIT導入を検討していく流れになるのです。
特別枠においては、事前に登録されていなくても遡及申請ができるなど拡大緩和の傾向がありますが、必ずしも登録が約束されるわけではなく、また、交付するかどうかの審査も別途ありますので、期待しすぎるのはよくありません。
冒頭、推奨する行動として相談相手に「業者さん」を挙げました。私見ですが、正直なところを申し上げると、相談相手は利害関係のない第三者がおすすめです。最初からサービス提供者による支援を受けるよりも、中立な立場から適切なツール選定・計画策定にあたったほうがよいと考えます。
もともと先生が導入を検討していたツールが補助対象だったといったケースであれば問題ありませんが、自社サービスの導入を前提に検討が進みやすい点には、十分気を配っておく必要があります。
IT導入補助金の活用に関しては、公式サイトに医療機関での活用例の掲載もありますので、ご興味を持たれた方は目を通していただけるとお役に立つかと存じます。
医療のお悩み×解決ITツール機能の具体例
https://www.it-hojo.jp/applicant/solution/medical.html
参考:一般社団法人サービスデザイン推進協議会 IT導入補助金2020【特別枠】
経済状況の変化に合わせて、各施策の中にはかなりの頻度で情報が更新されるものもございます。そのため、最新の公式情報を確認することをおすすめいたします。例として、以下に代表的な公式サイトへのリンクをご紹介いたします。
【内閣官房】
・新型コロナウイルス感染症対策
・新型コロナウイルス感染症に伴う各種支援のご案内
※各種施策の全体像が非常にわかりやすくまとめられています。
【経済産業省】
・経済産業省 新型コロナウイルス感染症関連
・持続化給付金に関するお知らせ(PDF)
・新型コロナウイルス感染症で影響を受ける事業者の皆様へ(PDF)
※最新の情報が同一URLで随時更新されています。
・業種別支援策リーフレット
※当記事で扱った5つの項目は、こちらの「医療関係向け」のリーフレットに準拠しています。
【厚生労働省】
・雇用調整助成金
※申請代行は、別途身近な社会保険労務士に協力をご依頼ください。
また、都道府県や市区町村ごとに国の施策を補完・強化する形で医療関係向けの独自支援策を実施しているところもあります。自治体の情報も日々更新されていますので、それぞれ公式ホームページ等でご確認いただくことが望ましいでしょう。以下に事例として、私が事務所を構える福岡県、福岡市それぞれの関連リンク先を掲載いたします。
【福岡県】
・福岡県新型コロナウイルス感染症緊急対策
【福岡市】
・事業者向け情報(新型コロナウイルス感染症)
※休業・時短要請、特定業種ごとの支援について記載があります。
申請にあたっては、政府・自治体の公式情報を確認すれば、ご自身で十分対応可能なものもございます。昨今の状況下、事業継続のため可能な限り手元に多くの資金を残していただくことが重要です。まずはご自身で確認・申請できないか、ご検討いただくことをおすすめいたします。
「多忙で申請どころではない」「自分たちが何に該当するかわからない」「地域の公的な相談窓口が混雑している」など、ご事情がおありの方には、ご不安解消のための支援依頼を承りますので遠慮なくご相談ください。すみた中小企業診断士事務所では、経営人事コンサルティングだけでなく、給付金・補助金申請等に関するご説明や申請のサポート、テレワーク導入(※弊所は「福岡市テレワーク促進サポーター企業」です)のご支援も行っております。
また、全国の自治体や金融機関でも、それぞれの施策に関する相談窓口が設けられています。問い合わせの際は、施策により対象が異なる場合があるため、医療機関である旨を正確に伝え、適切な施策を案内いただけるよう留意してご活用くださいませ。
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