医院開業コラム
実例に学ぶ クリニック内装の機能とデザイン 第8回
2017.09.20
今回のテーマは「癒しの空間」です。クリニックの空間に来院される方は、何らかの疾患、もしくはその可能性がある人、または健康相談(生活指導や食事指導等)・健康診断に訪れます。そう考えると、来院される方にとって、クリニックの空間は物理的な診療機能と同等、あるいはそれ以上に「癒しの空間」としての機能が必要です。
学生時代に読んだ本のなかに、この仕事を続けていく上で強く印象に残っている『かくれた次元』(著者エドワード・ホール みすず書房)があります。内容は、生物学的な面から視覚・聴覚・嗅覚・筋覚・温覚の空間に対する反応や、文化面(欧米人・アラブ・日本人などの文化)から空間における知覚の違いを、数値データで示したものです。人間は外部環境によって、身体的影響や行動規範に大きく影響される動物だということが認識された本でした。
たとえば、人間が会話を交わす回数は座る位置と関係しています。
【図1】
図1のように、「向かい合わせ」で座った状態の会話数を基本とします。隣同士に座ると基本の3倍多くなり、さらに角隣では隣同士の2倍の会話数を生み出すというデータが記されていました。
合コンの席にも応用できそうな話ですが、これは診察室のデスクや健康相談などのカウンセリング室のレイアウトを計画するときに、大いに参考になります。「会話数が多い=話しやすい環境」とすれば、大きな意味があるのです。
また、窓のない極端な暖色系の部屋で血圧を測定すると、通常血圧数より高めの数値が出やすくなり、亜熱帯や熱帯の工場を寒色系の壁・天井に塗装した場合、空調の設定温度がほかの同条件の工場より1~2度高くても暑さを感じにくく、生産性が下がらなかったなどの事例もあります。このことからも、いかに人間が感覚的動物であるかがわかるでしょう。
こういった事象は医療空間デザインのディテールに重要で、その空間で最優先すべき物理的医療機能と同時に考慮・計画されるべきといえます。
【図2:診察室レイアウト】
たとえば患者さんの多くが高齢者の場合、手すりを設置し、段差のない空間を計画し、照明も通常照度の20%ほど明るくするといった物理的機能が必要です。また、上記で記した問診時・診察時のデスクに看護師・医師と座る位置の考慮、室内のカラーリングなどの配慮や落ち着けるアロマ、BGMに至るまで、患者さんの五感に訴えるさまざまな「癒し」の機能が存在します。そして、それを構成するのが「癒しの空間」デザインです。
以前、医療空間の設計には「華美に走らず清潔な空間」が求められ、そのコンセプトに沿って画一的にデザインされていたと思います。しかし現在、私達が個々のクリニックをデザインするときは、ドクターが目標としている医療行為や活動、集患が予想される人達の属性などを考慮し、クリニックが患者さんにとって「癒しの空間」となるよう志向しています。そうすることで、クリニックは個性的かつ、より患者さん側のニーズに寄り添う形になってきています。
空間設計は多様なニーズと人間の特性を考慮し、もし相反する場合は優先順位を決めて進めていきます。目指すは、クリニックが「癒しの空間」をどう捉えているかを表現すること。これがクリニックの特性であり、個性となるのではないでしょうか。
また、「インテリア(INTERIOR)」という言葉には「内面」という意味もあります。医療空間のインテリアは、まさにそのクリニックの内面を表していると私は考えています。
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