医院開業コラム
ビジョンを具現化するクリニック創りの羅針盤 第1回
2021.03.12
株式会社コンパスは、20年以上にわたって医療機関に特化した設計と施工に携わってきました。そこで当連載の初回は、社内のキーパーソン4名による座談会を行い、開業をお考えのドクターに、その構想段階で考えていただきたいことをお伝えします。
「開業の予定は明確ではないが、近い将来は……」と思われているドクターも、“構想”は早いに越したことはありません。考え始めることで夢がスタートし、突然“その時”が来ても、準備がスムーズに進むはず。本稿を、基本的な構想をまとめる際の参考にしていただければ幸いです。
【座談会メンバー】
代表取締役:長渡 和久(以下「代表」)
専務取締役:長渡 武史(以下「専務」)
営業部次長:石井 展子(以下「石井」)
設計部課長:安原 大輔(以下「安原」)
代表:今まで多くの先生方とクリニックを創ってきましたが、先生方と話をする際には「誰にどういう医療を提供して貢献していきたいか」を聞かせていただくようにしています。それがブレると、いろいろなことが変わってくるので。
専務:地域医療が広く世間に行き渡り、専門性や独自性も必要とされていく中で、先生ご自身が具体的にどのような想いで、どのような医療を、どのような地域のどのような方に提供しようとされているのかによって、適した立地や広さなど、私たちがご提案する設計も変わってきます。先生の持たれている想いは具現化されていくべきですので、その深さや広さ、今後の見通しなどをできるだけ具体的にお聞かせいただければと思います。
石井:どのようなデザインや内装にしたいかというイメージを、初めからお話しされる先生もいらっしゃいます。確かに、開業をされる上でデザインは目に見える大事な部分ですが、まずは標榜科目や医療方針をお聞きすることを大切にしているんです。例えば、内科・消化器内科なのか、消化器内科・内科なのかによっても図面は変わってきます。また、同じ標榜科目であっても、まったく同じクリニックができることはありません。クリニックを計画する上で必要な基本事項を押さえて、先生の想いを図面に反映する。それにより先生と私たちの考えが現実に形づくられますので、想いをお伝えいただくことはとても大切です。
コンパス代表取締役 長渡 和久(一級建築士)
代表:「なぜ勤務医ではなく、開業医なのか」ということも、ぜひ考えていただきたいです。一般的に「勤務医を経てから開業医になる」というイメージがありますが、これは「サラリーマンが独立して経営者になる」ような大きな変化です。自分名義で銀行からお金を借り、スタッフを雇って給料を払い、経理的な面も見ていかなければならない。医療従事者である側面以外に経営者としての仕事も増え、それによる精神的ストレスもかかってきます。ですから、「医師として何を提供し」「“経営者”として何をしたいか」を、今一度、考えていただきたいと思います。
専務:ご開業にあたって、事業理念をお一人で考えられると行き詰まりがちです。しかし、ご家族や周りのドクター、ご開業を支援・サポートされる方など、先生の周りには多くの方がいらっしゃいます。そういったことに改めて目を向けて、対話をしながらまとめていただくのも、ひとつの手段です。この“想いを構想に練り込む”という期間はとても大切で、今後のプロジェクトの重要な軌跡になっていきます。未来を描く作業は難しい面もありますが、ご自身の医療への信念とともに、素直にお考えいただければと思います。
また、実際に開業に向けてさまざまな領域のプロフェッショナルが1つのチームとしてまとまったとき、練り込まれた構想は、それぞれのプロの手で立地選定、事業計画書、設計図、医療機器などの提案成果物となっていきます。これらの成果物に対してボタンの掛け違えを起こさないためにも、“事業構想が明確に共有されていること”が大切です。“想いを深めて方針を定めていく”――これこそが開業の初めの一歩です。
コンパス専務取締役 長渡 武史(一級施工管理技士)
代表:想いは明文化されておいたほうがよいかと思います。特に、“最初の純粋な想い”を。開業支援をされている方の中には、想いや構想の書面化を重要視されている方も多くいらっしゃいます。そうすることで、建築会社や会計事務所などのブレーンの理解も変わってくるからです。
安原:設計側においても、事前に明文化いただいたほうがよいと思います。先生に迷いが生じたときに、その書面に回帰することで、おのずと方向性が焦点化されていくこともあります。また、開業されてお忙しくなられた際にも、その書面があれば原点回帰していただけますよね。
石井:当直業務などを含む勤務医としての多忙な生活を経験され、もっとご自身の子どもと向き合い、家族生活も充実させながらクリニックを経営したいという先生も多くいらっしゃいます。これも、ひとつの構想です。そのような場合、「雇用されるスタッフにも、子育てしながら仕事を続けていけるような環境(託児所)を併設できれば……」というご希望をいただくこともあります。こうした設備はお金を生むわけではないため、資金面の検討も必要になりますが、きちんと先生の想いがまとまっていれば、しっかりと応援してくださることが多いですよ。
代表:「患者さんをたくさん診て、たくさん稼ぎたい」という想いもよいのですが、“開業の目的=先生のこれからの人生の目的”でもあります。偉そうなことは言えませんが、金銭面や規模感だけではなく、医師として、人として、これからどうありたいかということを、今一度落とし込んでいただければと思います。
コンパス営業部次長 石井 展子(一級建築士・カラーコーディネーター)
専務:一般企業では、最低5年先の未来を策定した「中期経営計画」でベンチマーク化していくことが成功への道筋になります。クリニックでは、先生ご自身がプレイングマネージャーとなられるため、事業構想には先生のご年齢や家族構成も加味されていくべきだと思います。例えば、43歳で開業した場合、5年後は48歳です。5年はあっという間に過ぎますが、着実に歳はとります。お子さんがいらっしゃれば、受験があったり、住宅ローンが重なったりすることもあるでしょう。公私の両面を落とし込みながら、中期的に“クリニックをどう成長させていきたいか”を考えていかれるとよいですね。
代表:ご家族の方々は、開業準備や経営に加わらなくても、お金・時間・生きる目的など、共有される部分が多くなります。そのため、「開業は“ファミリープロジェクト”」という面も多大にあることを念頭においていただきたいと思います。
石井:もちろん、本当のご家族ではなくても、生活上のパートナーであるとか、一緒に開業したいと考える先生方や、スタッフさんなどでもよいと思います。支え合って進んでいきたいと思う方と、想いや目標を共有されることは大切ですね。
安原:「開業は一人でするものではない」という感覚ですよね。
専務:内装打ち合わせの佳境の時期に、配偶者の方から「相談もなしに開業を決めたので不安」と打ち明けられたこともあります。また、開業の動きが始まっているのに、ご家族にその話すらされていない方も何人かいらっしゃいました。さらには、話が具体的に前に進んでいるのに「ご家族の反対があって……」というケースも耳にします。“一番身近な人”が味方に立っていることは、大切なことだと感じます。
代表:私自身が経営者なので特にそう思う部分があるのですが、安定している勤務医から新たなこと(=開業)に挑戦するには、ご家族や周りの人たちの支えが必要不可欠です。ご家族には、最も身近で客観的なアドバイスをもらえる存在になっていただけると心強いですね。ちなみに、開業を円滑に進められる先生は、ご家族や私たちのようなブレーンを巻き込みながら、その人たちの力を引き出しながら進められています。開業もクリニックの経営も、お一人ではできません。想いを伝えて、目的に向けてメンバーの力を引き出し、結集することは、ご開業後の先生にとっても大切なお仕事のひとつになるかと思います。
コンパス設計部課長 安原 大輔(一級建築士・宅地建物取引士)
代表:開業後は、順風満帆にいかない場合もあります。特に、最初は不安が先行することも多く、経営をしていて「絶対に大丈夫!」と思える日はなかなか来ないものです。ただ、今後の先生の人生を考えると「自分自身の想いがこもったクリニック」は大切ですが、「スタッフや家族、そして、地域の患者さんの想いがこもったクリニック」のほうが愛着が倍に増し、経営者冥利に尽き、苦しいときに心の支えになるかと思います。
安原:開業に向けては、内装の色決めにおいても、夫婦や子ども、男女目線が加わることで生産的な打ち合わせになります。そんなメリットもあると思いますね。
代表:名選手が名監督ではないように、高い技術を持った先生がクリニックの経営に長けているとは限りません。“良いクリニック”って何でしょうか? その答えは、先生によっても、関わる人によっても違います。だからこそ、ご本人にとっての“良いクリニック”とは何かを、考えていただいておいたほうがよいと思います。
専務:“良い”という曖昧な概念は、感じる主体者が誰であるのか、複数(患者さん)の場合は最大公約数を指すのか、そうでないのか。そもそも、その最大公約数はどのようなグループから試算するのか。先生(診る側)は患者さん(診られる側)ではないから、“良い”と感じる何かもが違うかもしれません。“良い”という曖昧な概念を突き詰めるには、ご自身の想いだけではなく、周囲の方々の想いや言葉も含めた、複眼的な視野が必要でしょう。例えば「〇〇内科」という標榜科目であっても、経営される医師や地域、区画の形が違い、時代が違えば概念とともに不変の部分と変わっていく部分があるのだと思います。
石井:先生方が開業される理由としては、「勤務医として働いているけど、もっと患者さんに寄り添って、想いを聞きながら治療をしたい」というものが多いと感じています。それを聞くと「先生の想いをきちんと伝えられるような場にしよう」と、考えが膨らみますね。
安原:きっと、先生の想う“良いクリニック”を追求することが大切なんですね。設計をしていても、曖昧な“良い”がチームの中で明確化されていると、図面やデザインに反映されやすくなっていく実感はあります。
代表:先生が想う“良いクリニック”のヒントは、ご自身の経験などが根っこになることが多いです。医療機器などのモノは日進月歩で変わっていきますが、自分自身の基本的な気持ちは変わりません。もちろん、後から変わってもよいのですが、まずは開業時点でこだわっていきたいことを考えをまとめておく。それが、開業の初めの第一歩だと思います。
株式会社コンパス 代表取締役
長渡 和久(ながと かずひさ)
一級建築士
創業者である長渡寛から続くバトンを受け、キンソウグループ(株式会社コンパス・株式会社近畿総合装飾・株式会社近畿装工)の代表取締役社長を務める。 学生時代から “ヒトを幸せにする建築・環境・デザイン” に興味を持ち、商品として消費される建築とは違う良さを広く地域社会に広げ、人の笑顔を繋げていきたいと考え続けており、現在のコンパスの設計の考え方の基礎をつくった。医療従事者の使い勝手の良さ、居心地の良さと共に、そのクリニックが患者さまや地域社会の幸せにも繋がることを大切にしている。クリニックが、その“内”だけではなく、“外”にも繋がる存在にしていきたいと、コンパスの次なる使命づくりに取り組んでいる。
株式会社コンパス 専務取締役
長渡 武史(ながと たけし)
一級施工管理技士
大学を卒業後、陸上自衛隊に入隊。 レンジャー課程を修了し、教育隊勤務などを経て “公共のために仕事をすること” は、業種や職種を超えて共通性のある “未来への取組み” だと感じる。 コンパスでは業務管理の中心を担いながら、“お客さまの医療方針を実現し、良いクリニックをつくることが、地域社会の幸せに繋がっていく” ことを想い、永続的にお客さまや社会に必要とされる会社づくりに向けて、スタッフ全員と組織の理念浸透を図っている。
株式会社コンパス 営業部次長
石井 展子(いしい のぶこ)
一級建築士・カラーコーディネーター
建築デザイン系大学を卒業後、工務店現場監督職を経て、大学時代の先輩であった当社代表に誘われ、入社。 キャリアの中で、設計や工事の担当もこなしてきたオールラウンダーの深く広い医療建築の知識を活かした営業で、お客さまに多種多様な引き出しを提案しつつ、日進月歩の世の中で新たな知識の探求をし、コンパスの “現在(いま)に立ち止まらない次なる医療建築のあり方” を模索する。
株式会社コンパス 設計部課長
安原 大輔(やすはら だいすけ)
一級建築士・宅地建物取引士
建築系大学を卒業後、設計事務所等を経て、“社会に貢献することのできる医療空間を計画する設計者でありたい” という強い想いから、入社。戸建、テナント、医療モール、介護施設等、医療に関わる設計を広範にこなす医療設計のスペシャリスト。一つひとつの案件を素敵で使いやすい空間にしたい。という細やかな視点でお客さまの夢の実現をカタチづくる。
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